切なる一瞬の願いを
明日の天気がどうだとか、明日の献立はどうだとか。それだけが生き甲斐に感じていた。
魔術の家系だとか、自分の境遇だとか、運命だとか生き方だとか。何も考えずに生きれる時間が一番好きだった。
それだけが自分を組み立てている世界だ。
聖杯戦争に参加する理由も曖昧だ。
表向きは「自分を魔術に特化させるためだけの道具としか思っていない両親に、自分の存在を認めさせるため」という理由だけど、実際の理由は「誰の声も聞こえない場所に自分という存在をおいて欲しい」だ。
なぜそう思うのか、答えは単純でシンプルだ。
13歳、魔術の鍛錬をしていた最中に手元が狂い左目を負傷。
摘出とまではいかなかったがほとんど使い物にならない左目になってしまった。
そして、そんな俺を嘲笑うかの様に、もっと使い物にならないもの手にしてしまった。
…言葉だ。
言葉が心に突き刺さる様になった。
ただの言葉じゃ無い。
言葉にしない心、つまりは人の『思考』だ。
誰かの『思考』が俺の心に直接届く様になった。
その日から全てが加速しながら変わっていった。
親友だと思っていた人の『心』、両親の『心』、知らない人、先生、誰か、誰か、誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か!!!!
誰かの『声』だ!
思っても無い『言葉』を口にして媚を売り、『心』で人を嘲笑う『声』!!
黙れ、黙ってくれ、頼むからそれ以上、口を開いて心にもないことを語らないでくれ。
狂ってしまいそうだった。いや、狂ってしまったほうが楽だったのかもしれない。
正気を失い人の心に触れない方が、人を信じていく第一歩としてもっと容易い道だったのかもしれない。
……無理だ。
どうしようもない虚無感と焦燥感、ありとあらゆる絶望が俺を苛んで蝕んでいく。
それでも死のうと思わなかったのは、まだ最後の希望が見えていたからなのかもしれない。
聖杯戦争。
あらゆる願いが叶うと言われる聖杯、願望器。
戦いに勝利を収めれば手に入るということを耳にした。
これはチャンスだ。
一生で最後のチャンスだ。
この聖杯さえ手に入れれば、きっと、もうこの思いをする事もなく、また最初からやり直せるのだと思った。
二度と人の汚泥を見る事なく過ごせる、この人生に意味を持てるんだ。
これを取り逃せば、もうこの人生に意味などないと思うくらい、聖杯を求めた。
きっと、何かが変わる事を信じて。
人の心に触れないで済む方法だけを模索していた。
それでも、人の心は不明で理解不能で。
本当はきっと、聞こえていたわけじゃないんだ。
本当、馬鹿だよなあ。