小説と独り言

趣味で書いているオリジナルキャラの小説と、なんか愚痴ってます

元幹部の成年

自分が何をしたいのかよく分からなかった。
何故自分がこんな荒業を行っているのかも。
何故自由を失ってまで手を鮮血で汚し、誰かに憎まれる様な所業をしなければいけないのかも。
只、此処にしか居場所がない事はよく理解しているつもりだった。
大勢の人に「救い」というなの偽りの「死」を与え、葬送してきた。
その際に目に映る動かない人間だったそれは全て苦痛の表情で歪み、「救い」など何処にも無い顔をしていた。
今まで自分が「正しい」と思ってしてきた事が、何故今になって「本当にそれが正しい事なのか」と問うようになったのだろう。
窓に映った自分は虚ろな目で遠くを見ていた。
いや、正直何処も見ていなかったのかもしれない。
逃げる、という事も考えたけれど、此処まで赤く染まってしまった自分の手を取ってくれる人間は誰も居ない。
それが普通なんだ。
俺は違う。
意味もなく教祖の命令に従って殺人を繰り返し、居るはずもない「神」をただ狂信しているのが俺だ。
異常、と言うべきなのか。
そんな事を考えながらフラフラと考える路地裏。
今も任務から帰投している途中だった。
誰も通らないと思っていた夜の路地裏で、不意に人とぶつかる。
相手が結構な勢いでぶつかってきたものだから、フラフラと力なく歩いていた俺はそのまま後ろに尻餅をつく形で倒れこんだ。
「ってえ…」
そう言葉を放つ前に、目の前立っていた人が声を上げる。
「わ、すいません。大丈夫?」
まだ幼さの残った男性の声。
その声に顔を上げればその声の持ち主は手を差し出してきた。
その手を掴み、「嗚呼、大丈夫だ」と言いながら立ち上がる。
だがどうした事だろう。
此処は裏組織やマフィア、ヤクザなどしか使わないような路地裏。
物々交換、麻薬売買、それら諸々がこの裏路地で行われている。
普通の人は中々近づかない場所で、此奴は一体何をしているのだろうか。
今日だって此処で抗争の様な物が行われていたのに。
「お前何してんだこんな所で…。危ないぞ。此処は裏組織とかの界隈で名の通った裏路地だ。抗争とかに巻き込まれる前にさっさと…」
「あ、いや、もう手遅れかな」
忠告を遮られてまで出てきた相手の言葉に、は?、と声が出た。
暗いから見え辛いがよく見ると確かに結構、というか相当傷だらけの痣だらけになっていた。
シャツは破け釦も取れ血が滲んでいる。
どうして、といえば其奴は事情を話してくれた。
「いや、こんな裏路地があったんだなあ、って思って通っていたらさ、急におっかな恐ろしい、益荒男にも値する様な人達に囲まれてしまったんだよ。はあーびっくりした」
淡々と話す此奴は頭が逝かれているのだろうか。
いや、逝かれている。
「余りに吃驚したものだから取り敢えず、話をして通らせて貰おうと思ったんだけど」
「思ったんだけど?」
「ゴリラ並みの拳で吹き飛ばされたのさ」
そりゃそうだ、呆れて声も出ねえ。
なんだ此奴、相当頭が彼方に逝っているのかもしれない。
一つ疑問に思ったのが、「よく生きて帰ってこれた」という事だ。
そう目の前の此奴に問えば、平然とした態度で「仕方ないから正当防衛で片っ端から片付けたよ」と言う。
…?
……………?
「え、片付けた?」
「うん、だって全員で殴りかかってくるもんだからこれは答えてあげなきゃいけないかな、と思って」
「待て待て待て待て、何故お前みたいなひょろいのにそんま益荒男に近い奴らが倒せる!?」
ひょっとして此奴は名の通った裏組織の一員なのだろうか。
「いや、護身術を身に付けていただけさ」
意外と適当な理由だった。
「…………そうか」
「でも、一般人に毛が生えた程度の護身術だから流石に何発かは食らうし、相手がナイフやら何やらを持っていたから切られた。全く、数枚しかない大切なシャツなのに…」
「でも生きて帰って来られただけ奇跡だよお前……運が強いな…」
本当は此奴、こんな事を言っているが結構凄い奴なのかもしれない。
案外いるものだ、謙遜して自分を低くする奴。もしかしたら此奴はその部類の人間なのかも。
「でも殴られて死ぬっていう最期もいい気がしてきた。残念だ」
前言撤回、只の莫迦だ。
「……悪かったな、俺は忙しいからこれで失礼するよ……」
俺はこんな事をして時間を潰している暇ない、礼だけ言ってさっさと帰ろう。
「君は何故そんなに虚ろな目をしてるんだい」
通り過ぎようとした時に目の前の此奴は呟いた。
まるで独り言の様に、そっと、その幼さの残った声で。
何故だか嫌な汗がじわりと浮かんだ。
一寸前まで考えていた事と、今日殺した人間の苦痛で溢れる顔がフラッシュバックする。
「なんで、そんなに憂鬱そうにしているんだい。そんな顔で生きていたら、気づいた時には全てを失ってしまうよ」
吐き気、頭痛、汗、乱れる呼吸。
じわじわと何処からか襲ってくる痛み。
「な、何言って………お前」
言葉が上手く口から出ない、と言うよりかは声が上手く出てこない。
目の前の此奴は何かを見透かした様な仙人の目で俺の何かを探っている。
その目が怖かった。
今迄見た事のない鋭さを帯びた目で、俺を見透かす。
「何かに追われている様だけど、それは人間じゃないよね?多分…………あんたの心の葛藤か何かだな」
「逃げてしまったら駄目だよ。向き合わずにいると手遅れになるからね」
周辺は耳が痛いくらいに静かで、此奴の声が頭の中で何度も反復する。
衝撃で頭を叩かれた様に痛い。
吐く息は相当乱れていた。
「……お前に何がわかるっていうんだよ……」
やっと出た言葉は棘を帯びている。
その棘も人に害を与える様な鋭さは持っていないが。
「わかるんだよ、そういう目の奴を何回か見た事があるからね。危ないよ、気をつけて」
「…てめ、何言って」
「そんな辛い顔して歩いているんだから、痛いくらいにわかるよ。生きるのが辛いんだろう?よくわかる。俺だってそうだ」
衝撃の言葉に心が痛くなる。
俺と、此奴が、同じ?
生きるのが辛い?
俺は辛かったのだろうか。
辛いからここまで自分を追い詰める様な事をしたのだろうか。
頭の中で色々な考えが過る中で、彼は。
「辛く考えて生きるくらいなら、そこに留まっていたって何の意味もない。歩き出せ、歩き出さなくちゃ、何も変わらないよ。今迄は変える事は出来ないけど、これからは君の考え一つで全てが変わる。だから、生きろ」


嗚呼、其れだけで良かったのならどうして早くに答えを出さなかったのだろう。
…もしかしたら誰かに言われる事を待っていたのかもしれない。
後から名前を知って、全てを知って、其奴が抱えている闇と不安を理解した。
だからこそ、ある意味親友と呼べる様な立場になったのかもしれない。
親友になるのは俺が組織を抜けた数ヶ月後の事だった。